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日本古来からの男性諸君の立ち小便という悪しき慣習により、

世のあらゆるトイレと名の付く排泄専用個室で昼夜問わずの尿はね祭り、

跳ねては壁を汚し床を汚し、終いには清掃人の心を汚してしまうっていうからこれはいけない。


考えてみますと、立ち小便っていうのは便器のなかった時代に主に男性が放尿する手段で、

今は下水道が整備され、至る所にトイレがある。街なんか歩いてますと「トイレ、トイレ。えっ、またトイレ!?」

なんて思うくらい猫も杓子もトイレット。供給過多かと小言を挟みたくなるほど設置されてます。


江戸時代なら日に二度三度、男子は立ち小便しないと生きていけなかったわけですが今は違うわけで、

建物に設置されたTOTOの洋式便座に跨ってシャーと済ませて、静かに振りまわす。これでいいのです。

そもそも立ち小便って屋外用のスタイルですからね。それをそのまま室内に引っ張ってきて「なにか?」

なんて当然の顔してトイレ文化に鎮座しておられるんだから、なんだか僕としてはしっくりこないのであります。


やはり洋式便座にはそれに最適な排尿スタイルを取って然るべき。できないなら赤子と並んでオマルで練習せよとか。

なんかもう洋式便器への立ち小便は20世紀でサヨナラすべき慣習だったのではないかと思えてくるのです。


しかしいざ立ち小便断ちを封印してみるとね。最初のうちはいいんですよ。「どうだ、やってやったぞ」みたいな。

小気味良い達成感すらある。このまま我が道を、遥か彼方までゴーマイウェイしていける気すらしてくる。

でもね、なんか寂しいんですよ。足りないんですよ。底知れぬ喪失感が僕に襲いかかってくる訳なんです。


僕はチョポラカチョポラカっていう威勢の良い音と共に何十年も排尿してきたわけです。付き合いは親兄弟と同等、

いや、健やかなる時も病める時も血尿の時も、幾多の困難を共に乗り越えてきた肉親以上の存在なわけです。

辛いときに聞けば「頑張レ、頑張レ!」と、嬉しいときに聞けば「ヤッタネ、ヤッタネ!」と、友達の少ない僕の

心の支えになってくれたのは他でもないあの音だったのです。


忘れていた。ずっと気づかないでいた。僕はひとりの力でここにいるんじゃないんだって。

モヤモヤさまーず2、大江さんが3月いっぱいで卒業とか、そんなのってないよ。泣いちゃう。

そして今、あの日君を裏切った僕は小さな個室のドアを叩いている。君は僕を許してくれるだろうか。


「・・・オカエリ、オカエリ!」

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